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DARKSIDE MIRRORS
HISTORY
(まえがき)
1998年11月23日下北沢CLUB QUEで行なわれたSHEENA'S
早速、現在のP.A、Isaoらに声をかけ下北のステーキ屋(カウボーイ)で夕飯を食べながらバンド名を『BASEMENT FLOWERS(ベースメント・フラワーズ)』と名付ける。
その足でリハーサルスタジオに入り、今まで歌ったことのなかったLUCYをボーカル、同じくドラムを触ったことのなかったJUNKOをドラムとして、
スタジオではじめて演奏された曲が「KISS KISS KISS」。
そのときのメンバーはVO*LUCY、Dr*JUNKO、G*NERO
BASS*Isao SAKUMA(現在のP.A.)、G*UE、マラカス*YOBE。
1曲のライブを披露した後、双方の家に集まっては笛や太鼓、 歌や家具を鳴らして音楽を作る遊びを頻繁に行うようになる。
その実験は「万年選手」と名付けられ、 その頃のセッションがミラーズの原型をつくる。だが、そのころ、バンド結成の話は誰一人思い浮かばなかった。
2年後、2001年1月に渋谷に位置する戸川昌子さんのシャンソニエ『青い部屋』のリニューアルオープンとともに
店を任されることになったNERO、 ハイスクールでチアガールとして活動していたLUCY、
刺激を求めてフラフラしていたJUNKOは、 再びおもしろいことを3人でやりたいという話に自然と行き着き
バンドを結成することになる。 翌日、バンド名をダークサイド(JUNK)とミラーズ(LUCY)の言葉の合わせゲームによって、
『DARKSIDE MIRRORS』と名付けられる。
その頃、NYのファクトリーのようなデカダンとイマジネイティブな芸術空間を作りたいと
青い部屋に来ていた旧知の友人である鳥井賀句氏と、青い部屋で新たな革命を起こしていきたいと野望に燃えていたNEROは、
『BLUE VELVET NIGHT』というイベントを立ち上げることとなる。
そして、BLUE VELVET NIGHTのハウスバンドとして、ダークサイドミラーズの活動を開始したのである。
が!!
★先鋭的な日本のサイケデリック・アートの先駆者で、裸のラリーズのVJも手掛けていた宇治晶氏(リザードメン)と親好を深める。ライブでリザードメン制作のドラッギーなホラーサイケ映像をバックスクリーンで展開したコラボレーションライブを幾度も行う。また、リザードメンの芸術活動のモデルとして、様々なコラボレーション、暗黒儀式などを共に行っていくようになる。
★2月 ギターリストにMADAME EDWARDA/ZEUS MACHINAのG&Noise、ケビンが加入。
■2009年■![]() (Live at 2006.1.28) |
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![]() (Live at 2009.6/26 ART & NOISE NEO FES) |
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